謹 賀 新 年  2 0 2 4
量子論的精神分析の理論と実践
日常と非日常の連続のなかで
 
 医師になって40回目の新年、60代最後の年でもあります。
 
 この40年間にしてきたことを振り返ってみると大きくふたつあります。ひとつは、考えて考えて考え抜くこと。もうひとつは、大自然のなかに身をおいて生きた瞬間を生きること。わたしは前者を逆方向的生き方、後者を順方向的生き方と呼んでいます。
 
 考えるためには、ジャンルを問わず可能な限り先人の本を原書で読むこと、読みながら考えること、考えたことを書き留めてゆくこと。精神分析のみならず文学、哲学、言語学、脳神経科学、数学、論理学、宇宙物理学、量子力学、ホログラフィック理論、超ひも理論等々、どれだけ時間があっても足りません。
 
 もうひとつは大自然のなかに身をおいて生きた瞬間を生きること。地球上で大自然に出遭える場所に出掛けてゆくこと。
 
 ケニアのサバンナでの眠れないテント泊(夜間に獲物を探しているライオンがテントの横を唸りながら歩き回っていた)、高山病との戦いだったケニア山登頂、約1か月間歩き続けた標高五千メートル級のヒマラヤ山脈、砂が目と口に飛び込んでくる灼熱のタクラマカン砂漠、純白の雪が積もる天山山脈、太陽が眩しすぎるニューカレドニア、天国に一番近い島ウヴェア島、インド人が多いフィジー島、オラン・ウータンが生息するボルネオ島、海が不浄で高い山が神聖とされるバリ島、バリ島から渡ると植生ががらりと変わるロンボク島、トラジャ族の村があるスラウェシ島、自然と人がひとつになって生きている西サモア、高度な文化と大自然の双方に出遭えるタヒチ本島、そしてモーレア島、ランギロア島、ライアテア島、フアヒネ島、ボラ=ボラ島(この周辺の小島 Motu Taneで今は亡きフランスの極地探検家 P.E.VICTOR氏との運命的な出遇いがありました)等々、メラネシア、ポリネシアの島々をめぐるアイランド・ホッピングは様々な大自然との出遇いの機会を与えてくれました。とりわけ、ポリネシアの言語と文化には、わたしたちが学ぶべき未知の謎が詰まっています。そのような意味では、足かけ十年にわたる東京都下の離島診療の経験もそこに含まれるかも知れません。
 

 
このような約40年にわたる順方向と逆方向の交錯する体験を経て、現在のわたしが立っている地点は意外なほどシンプルです。それは「モノクロームの平面」とでも表現すべき心的状態です。これは質のない2次元平面であり、日常生活のなかでは、そこへ音、色、臭い、味、空間、時間が立ち現れています。言い換えるなら、2次元のみの量的システムに、脳が創り出した様々な質的システムが重ね描きされているのです。より正確に言うなら、脳は量的情報を質的情報に変換している。純粋な物理世界があるとすれば、それは振動のみで構成された、静寂で色などの質もない世界でしょう。
 
日常のなかで、わたしたちは素朴に、世界は色や音や奥行きのある「実在」だと信じて生きています。しかし量子論や超弦理論が教えていることは、そのような質によって満ちあふれていると思われている「世界」は実は「幻影」に過ぎないということです。
つまり、わたしたちが実在だと信じている世界はホログラムであり、モノクロームの平面に投影された映像(幻影)であり、フィクション(虚構)なのです。
 
この知見は、わたしたちの経験に反しています。実際に触れることができ、変化を加えることができる世界こそがわたしたちの「実在」の世界であるという素朴な信仰を裏切るからです。
 
量子論的精神分析では、分析家はモノクロームの平面そのものとして機能します。それ以上でもそれ以下でもありません。そこへ、脳の作用によって創り出された様々な質が立ち現れてゆくのです。あらゆる質は脳が創り出した幻影であり、どれだけ具体性を持っていても実在ではありません。実際、わたしたちは夢のなかに現われるすべての対象を実在だと信じています。
 
分析家に対峙したクライエントの脳のなかで創られている「幻影」を分析家のモノクロームの平面上に再現すること。クライエントに場所にある情報を分析家の場所に運ぶこと。そのために機能するのが「量子もつれ quantum entanglement」です。この量子もつれが生じるための条件は、分析家の心的状態が徹底してオールフラット(徹底された2次平面)であることです。
 

 
 量子もつれによる情報伝達には大きく二つあります。ひとつは量子テレポーテーション quantum teleportation、もうひとつは超高密度符号化 superdens coding です。前者は従来の精神分析でも機能しているコトバによる情報伝達です。コトバによってコトバではない情報を運んでいます。量子論的精神分析では後者を用います。つまりコトバではない情報でコトバの情報を運ぶのです。コトバの情報を規定しているのは古典ビット classical bit であり、周知のように0または1で構成される情報単位です。一方、コトバではない情報単位を構成するのは量子ビット quantum bit(Qbit)です。量子ビットは量子情報の最小単位であり、0と1の任意の割合、つまり重ね合わせの状態を表現しており、この重ね合わせによって量子アルゴリズムはもつれや干渉などの量子力学的現象を利用できるのです。
 
 分析家は自らの場所をオールフラットに保つことによって、クライエントの心的状態との間に量子もつれが生じる準備をします。分析家はクライエントの心に刺さるキーワードを使って量子テレポーテーションをおこない、いわゆる「転移」を誘発させます。転移は量子テレポーテーションの作用によってクライエントの場所に生じます。これによって分析家とクライエントの間に量子もつれによる情報交換の条件が整います。上手くゆけば、超高密度符号化によって、分析家の質を持たない2次元平面にクライエントの質的情報が流れ込んでくるのです。
 
 量子もつれ状態が持続すれば、分析家はクライエントの心の病を分析治療するのではなく、分析家の場所に生じているクライエントから送られた質的情報(心的状態)に対して「自己分析治療」を施すのです。つまり分析家は徹底して自己分析されている必要があります。
 
 上記のような技法を、20年以上の歳月のなかで、実際の精神科診療のなかで実践してきました。量子もつれによって、瞬時にクライエントの心的状態を自らの場所に再現(ホログラム化)し、そこに潜む問題を「自己分析によって」解消すると、超高密度符号化によって、そのままクライエントの心的状態に反映されます。つまり、症状が消失し寛解もしくは治癒するのです。
 
 しかしながら、このような技法を身につけるには、徹底した自己分析と量子論に基づいた、あたかもアスリートのようなトレーニングが必要です。わたし自身、理論に基づいた実戦を始めた頃は、自己分析の不足や不完全な量子もつれによって、治療そのものがなかなか上手くゆきませんでした。それでも長年にわたる試行錯誤を繰り返し、今では、かなりの確度で量子もつれを誘発し、短期間でクライエントを治癒へ導くことができるようになった気がしています。
 
 今年は毎月行っているセミネールで、わたしのなかで築かれた「量子論的精神分析」の真髄についてお話ししてゆければと思っています。
 
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
2024年 元旦 藤田博史拝