謹賀新年
2013
1957年11月3日 福岡県八幡市桜ヶ丘のアパートの屋上にて


 これはタンスの中から出てきた一枚の写真です。24才の母が、8ヵ月の妹と2才4ヵ月のわたしと一緒に写っています。この写真が撮られてからすでに55年の歳月が過ぎてしまったことになりますが、新しい年を迎え、今さらのように、時の流れの不思議と、その集積としての人生の不思議をおもいます。過ぎ去ってしまった人生は、子供の頃に心に描いていた半分の長さしかなく、そのほとんどが回り道だけでできた工事中の街の風景のようです。
 歌手のSalyuに「プラットホーム」という歌があります。いろんな人のいろんな想い出が交錯する街の地下を網の目のように走るメトロ、そして乗り換え駅のプラットホーム。メトロはまるで、ある時は時間のチューブを逆行するように走り、ある時は先取りするように走り、もう永遠に会えないと思っていた人同士を、同じプラットホームで再会させることのできる不思議な乗り物のようです。
 わたしの場合、残念ながら母は51才、父も61才という若さでこの世を去りました。他界した家族を思う気持ちは恐らく誰もが同じではないでしょうか。「もう一度会って話をしたい」という強い気持ちです。わたしの精神分析の研究の原点はここにあります。現実のどこを探しても会えないが、夢の中で会える、つまり夢が現実と同じ構造をしているのであれば、夢の中で再会できる、と考えたのです。ばかげた考えかもしれませんが、夢の構造を探ってゆくうちに、わたしたちが現実と思い込んでいる世界も夢の一つであり、もっというなら、わたしたちの心的な世界は一つだけではなく、幾つもの世界から成り立っていて、それぞれの世界を結ぶメトロがある、という考えに至ったのです。これが精神分析的かつ量子論的多世界理論です。
 この理論の実践において、わたしたちは特定のプラットホームで待ち合わせをすることで、失われた対象に再会することができると考えています。
 母と妹とわたしの写った写真には、もう一人の大切な人物が見えない形で写っています。それはこの写真を撮った父です。ミノルタのカメラが好きだった父がのぞき込んだファインダーの中の風景はとりもなおさず父の心の風景にほかなりません。
 今年もまた、この心的な時空の不思議の謎を解き明かすために、心を砕こうと思っています。精神分析的なトポロジー理論と現代量子論の知見が与えてくれているヒントを頼りに、まだ誰も歩んだことのない道を、できることならば開いてゆきたいと思っています。これらの報告はゼミセミネールで随時おこなってゆく所存です。
 根っからの性分で、いつもご無沙汰ばかりして申し訳ありません。ご連絡を怠っていた方には、この新年のご挨拶が、2013年1月1日時点におけるわたしの生存証明となります。もし少しでも興味を持っていただけたら、木曜日に新宿ゴールデン街で密かにおこなっているわたしのゼミに足をお運びください。大したおもてなしもできませんが、運が良ければ、パリの《哲学カフェ》もどきの雰囲気を味わっていただけることができるとおもいます。
 今年も、何人の懐かしい友人たちに再会できるか、楽しみです。新宿ゴールデン街という《プラットホーム》で、今年は、ぜひお目にかかりましょう。

2013年1月1日 藤田博史拝